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自 刃 ノ 碑
歴史編(4/4)
日本国内最大級の大きさはその碑であるが故に

歴史文化に数々の記録を残した木村の技法

54年前、石勝9代目当主が国内最大級の碑石を建設しその名を残した、

日本の石材文化史上に残る、究極の石工事の一つ【自刃ノ碑】(ジジンノヒ)である。

碑は江戸時代初期(1650年頃)に自刃した者の偉業を後世に残すために建てられる。
また、その人物は木村家と大きな関わりのあった人物である。

使用された石材は茨城県笠間市から採掘される国産の銘石「稲田石」の超巨大な碑石。

地上部からの高さが22尺2寸(6メートル72センチ)という国内でも類をみない驚異的な碑石である。

石切山脈の稲田御影石丁場の何処の場所から採掘された石なのかは不明だが、当時は

この大きさの石を切断する機械がなかったことから、石工木村がノミなどの石工道具だけで

加工したと考えられる。木村家の歴史資料の記録では昭和38年施工となっている。

五輪塔が職人よりの身長より一回り小さいくらいなので、碑の大きさが分かる。

棹石は幅が2尺7寸×厚さ1尺3寸× 高さ18尺

(W818mm/D393mm/H5454mm)ある一つ石の巨石を使用した。

重量を計算すると棹石だけで4485Kgもある。

この規模の石になると当時の一般石材店では加工製作することそのものが不可能、
施工することも技術的に不可能で、

国内では木村家以外では製作から施工までを行なうことは難しく不可能になる。

木村家は江戸時代より福島県にある各種の大型石造物や鉄道の橋梁や橋脚の建設のすべてに関わり

数十基以上の大型碑石の建設の経験から得た特殊工法が受継がれており、

写真画像のようにクレーン等の重機を使用しないで木材を組み上げ巨大な石を動かして設置している。

現在では極めて難しい施工法である。

木村三十郎氏が亡くなるまで一緒に暮らし、幼少の頃より木村家の技法のすべてを見た
9代目だから成せた業(わざ)であり歴代の石勝当主同様にその使命を果たした。

そしてこの石工事こそが、江戸の世より続き石勝が昭和中期まで福島の地に存在した証である。

9代目は木村宗家の出身であるがこの碑の建設と、
他の一つの大型の碑石の製作と建設を最後に当主を10代目に譲り、当主を引退することになる。

すべての石工事は藩主に仕えた石勝当主としての木村家の責務である。